掛軸
Hanging Scroll
Folding screen
Japanese Traditional Work
authenticity
緞子裂
美濃和紙
伝統工芸
日本の美

私たちの仕事

なんとも美しい佇まいに心奪われたり、時には作品が生まれた当時に思いをはせたり。掛け軸は、豊かな毎日へと私たちを導いてくれる仕掛けでもありました。残念ながら最近では数多くの伝統工芸や美術と同様に、目に触れる機会も少なくなってきたと感じます。しかし、「掛け軸」という小さな芸術は、傍らから私たちを美の世界へいざない続けています。
長良川工房の歴史は浅いですが、掛け軸を通して美しさを追求し、日々研究を重ね製作に取り組んでいます。ここでは私たちの掛け軸製作についてご紹介いたします。

表具の基礎的な知識

日本の掛物もやはり中国から伝来しました。古くは経本や仏像画に始まり、鎌倉時代などには中国の禅僧が渡来すると彼らの掛物が珍重され、それらを模すことによって広まり、充実していきました。そして、書院造や茶などの武家文化のもとで、日本独特の様式のものへと変化を遂げました。
現在、目にすることの多い主な形は、仏表具、大和表具、文人表具に大別できます。

仏表具

仏表具

① 本紙

② 一文字(上)

③ 一文字(下)

④ 中廻し

⑤ 筋

⑥ 柱

⑦ 天

⑧ 風袋

⑨ 軸

仏画に用いられる形。主に3種類にわけられます。本紙や中廻しのまわりに一文字と同じ列や筋を入れるなど最も重厚で手の込んだ仕様です。柱などの寸法と取り方も少し広めにとる事が多いです。軸先は一般には獣類のものは使われず、金属か、漆仕上げです。仏表具という形をみれば、本紙に描かれている画、名号がいかに大切にされ今日に伝わってきたかがよくわかります。

大和表具
(三段表装)

仏表具

① 本紙

② 一文字(上)

③ 一文字(下)

④ 柱

⑤ 中廻し

⑥ 天

⑦ 地

⑧ 風袋

⑨ 軸

大陸からやってきた掛け軸が日本の美意識とともに変化していった日本独自の形。表装部分に天地(掛け軸上下に切り替えがあり主に色を変えてあります)、大体に風袋(上部にたらされた細い帯状のもの)を持ちます。この表具形式の中でも柱(本紙の両側にある部分)がかなり細いものは輪褙といわれ、お茶掛けに使われます。

丸表具、
文人表具

丸表具、文人表具

① 本紙

② 一文字(上)

③ 一文字(下)

④ 柱

⑤ 軸

主に本紙の長いものや、文人画に用いられ、表具の上から下まで同じ裂を用います。日本でいわれる文人画とは、漢詩などの文芸に長じる知識人が理想の世界を表現したものです。それらは中国の文人が手本となるため、施す表装は、中国表具の趣に近いものですが、丸表具はそこからより日本趣味の色濃いものになります。明朝仕立てという、その両端にわずかに切り替えを加えた形もあります。

掛け軸製作の材料

掛け軸の材料には、裂、和紙、糊、軸先、啄木などがあります。実際工房で使っている裂、和紙、糊を紹介します。

現行のもので使用する裂は全て正絹、京都西陣で織られたものです。古裂のストックもございます。
本金襴
経糸を絹、緯糸を本金紙糸として織ったもの
合金襴
経糸を絹、緯糸を代用金紙糸として織ったもの
竹屋町縫
紗に本金、合金糸で刺繍された裂
緞子
一般的に使われる裂。繻子地の経糸に経糸で模様を織り出すもの。
一般的に使われる裂。繻子地の経糸に経糸で模様を織り出すもの。
染紙、揉み紙
和紙に顔料を引いたものが染紙、顔料を二層にして揉んだものが揉み紙。詫びさび、風流を感じさせる作品に使用します。現在では工房もなく、ストックがあるだけになりました。
和紙
肌裏(本紙裏) 主に岐阜美濃産手漉き薄美濃紙
中裏 奈良吉野産手漉き美栖紙
総裏 奈良吉野産手漉き宇陀紙
正麩糊(工房内製作、防腐剤無添加)

掛け軸製作工程

掛け軸の製作工程は、機械を使っているのか、手作業なのかで大きく違います。私たちの工房は、軸棒のほぞ取(軸棒の先に軸先をつけるための凸を作る)作業以外は全て手作業です。

しみ抜き、洗い
礬水で色止めをし、必要であれば、薬品でしみ抜きを、または水で洗います。
作品(本紙)の裏打ち
絹本か紙本かによって、扱いが違います。滲みやすいと判断したものは予め礬水で色止めをしてから打ちます。薄美濃紙を用いて一枚、或いはもう一枚裏打ち(増し裏)をし、最終的に仮張に一週間以上張り込みます。
※礬水 日本画の描き始めに引く滲み止め。膠水と明礬で作る。
裂の裏打ち
取り合わせの決まった裂を作品分裁断し、水を通してから薄美濃紙で裏打ちします。
パーツの裁断と糊止め、切り継ぎ
本紙は直角を出した長方形、裂はそれぞれの寸法で裁断し、ほつれがないように薄く断面を糊で留めます。取り合わせ通り、本紙に一文字、柱天地の順に張り合わせていきます。
中裏打ち、張り込み
一つになり、掛け軸の形になったものの裏に美栖紙を裏打ちします。ここからは非常に弱い糊を使うため、紙を刷毛でしわなく貼ったのち、打ち刷毛で何回も叩いていきます。この工程は正麩糊使用ならではの作業です。仮張りに張り込み、1ヶ月ほど待ちます。
裁断
両端に耳の寸法をとり、仕上げ寸法で裁断し、耳を折ります。
※耳 掛け軸の両端の折り返し部分
総裏打ち
最後の裏打ちです。掛け軸の一番上の部分(巻いたときに表になるところ)だけ、福島絹に裏打ちした紙を用い補強します。宇陀紙を張っていき打ち刷毛で叩き、張り込み最低1ヶ月そのままにし、後に表に返してもう一度貼り込みします。
裏刷り、耳削ぎ、仕上げ
湿度の低い晴れの日を狙って、掛け軸をはがし、裏に蝋を軽く引き、数珠状のもので擦っていきます(大きい掛け軸の時はかなり体力がいります)。余分な貼り手の紙を剃刀で落としていきます。掛け軸の上下部にそれぞれ、半月、軸先をつけた軸棒を取り付け、釻を打ちます。風袋があれば付け、釻に啄木を通し、仕上がりです。
※半月 掛け軸の一番上に入る断面が半月型の杉棒
※ 啄木 掛け軸を巻くときに使う啄木打ちといわれる平組紐。

表具の考察

普段はコンパクトに仕舞えて、広げればたちまち芸術の世界に私たちを誘ってくれる、伝統ある掛け軸。ぐるりと見渡しても、なかなかユニークな存在ではないでしょうか?そんな古くて新しい掛け軸は、試行錯誤した先人たちの技の結晶でもあります。そして、表具づくりに携わっていると、無理は禁物、素材と向き合いながら、長い時間をかけ、ゆっくりと作業をすることには重要な意味があることを気付かせてくれます。

掛け軸って?
たまにテレビなどで使われる掛け軸のイラストはほとんどが間違っています。丁寧に描いていないということではなく、別物なのです。ただそれだけの話ですが、掛け軸を知っている人が減っているのだなあと実感します。
中国から伝わった掛け軸ですが、それぞれの国(中国、韓国、日本)のもので比較すると、日本の掛け軸は突出してバラエティー豊富で、細部までこだわり、そしてどんなに掛け軸について考えていたか、大事にされてきたかがわかります。
剥がす仕事から分かること、材料について
私たちは古い掛け軸を解体して作り直すということをよく行いますが、やはり昔に作られたものは、例えば裂の光沢やデザインの斬新さ、釻一つとっても、細部まで緻密で素晴らしく、いつも感心させられます。昨今の掛け軸製作を取り巻く環境は厳しく、掛け軸の工房もそうですが、裂の機織り工房、伝統的な和紙を作る工房は年々少なくなっています。
京都から来ていただく材料問屋さんに注文をして、「もう、ここの職人さん、やめられはったんです。」という答えを何度も聞きました。
このような工房がなくなる原因はもちろん掛け軸の文化が衰退していることもありますが、いかにスピーディに効率よく生産するかに重きを置いた戦後の掛け軸製作方法のながれもあるでしょう。本来、大切にすればこそ、その書画を掛け軸にして、その掛け軸が痛んできたら、再度表具し直し、長きにわたり保存するものですが、効率を追求した結果、例えば、手軽に使え、出来映えも均一的な「化学糊」が普及しました。その結果、水で湿めしただけですぐ解けるはずの本紙が綺麗にはがれない。当然、大切な本紙は傷んでしまいます。古い本紙はシミがあるものが多いですが、その中でも、「化学糊」がシミの原因になっているものも多いのが現状です。
掛け軸を鑑賞する
「これを掛け軸にしたい」という時、手にした素晴らしい絵画も自分が揮毫した作品も、共通するのはそれらに対する、大切にしたい、作品を少しでもよりよくしたい、長く保存したいという思いでしょう。そしてその思いを叶えるには知識が必要になってきます。大雑把に言えば、まずドレスコードのようなものがあり、作品と周りがちぐはぐであれば(分かりやすい例でいえば、風流を尊ぶ俳句に豪華な金襴表装は全く似合わない)、所有者の教養が疑われるということになります。新しい作品の表装には、その時代のある程度良質なものを、古いものを再表具するときは、理想的には作品の時代と合った裂と合わせたいものです。
掛け軸を繋げる
特に時代を経てきた掛け軸を持つということは、その作品を次の世代に繋げるという意味でもあります。百年後の新たな所有者に「趣味の良い素晴らしい表装がしてありますね」といわれたいですね。